歌手の声の特性は様々だ。どんなジャンルもそつなく歌いこなす変幻自在なタイプもいれば、一度聴けば誰かが分かるほど、強烈な個性を持っているタイプもいる。今日紹介する「常盤ゆう」に関していえば、圧倒的に後者だろう。もちろん、良い意味で。
鼓膜の奥に触れるか触れないかの瀬戸際で、淡くさざ波を起こすかのような声。それはどこか、この曲にも歌われている江ノ島の、あの遠浅の穏やかな波の音を思い起こさせる。
これまでrisette、you&me together、ぱいなっぷるくらぶ、音楽ゲームの楽曲等、多方面で活躍してきた常盤ゆうだが、今回発表されたこの曲は、彼女の歌声が一番よく馴染む1曲だと言っても過言ではない。作詞・作曲のアベマコト(Ex. 挫・人間の)も「ファンの一人として」「歌ってもらいたい曲を作」った、と公言していることからも、ファンとしては痒い所に手が届く1曲となっている(常盤ゆうの1ファンとしては最大限の賛辞を送りたい)。
もちろん、彼女の「声」ばかりでなく、曲の構成も言うまでもなく素晴らしい。アンニュイなコードのギターとずっしりしたベースで進行してきたかと思いきや、メインフレーズでトランペットが入って途端にぱっと華やかさが生まれる。キュートなシンセや踏切の警笛なんかも折々顔を出して、見どころが盛りだくさんの4分間になっている。ポップスとしての完成度の高さからも、幅広いリスナーの耳に留まる1曲となっているのではないだろうか。
この曲について書きたいことを上げれば枚挙にいとまがないが、ここでは一つ、歌詞について取り上げたい。曲中では、サビのドラマチックなコード進行に併せて、こんな言葉が歌われている。
路面電車は走る
誰かの夏の刹那を通り抜けて
このフレーズを聴くと、頭にその情景が思い浮かぶ。江ノ電が沿線の家々の間を縫うように走っていて、車窓からはどこかの家の庭先で遊ぶ子どもの顔だとか、照り返す浜辺を歩くサーファーだとか、踏切に足止めを食らったトラックだとかが、まるでストップモーションのように次々と網膜に書き込まれていく様が。そしてその一枚一枚が、どこかの誰かの夏を封じ込めた写し絵なのだ。なんてドラマチックな歌詞だろう。そこには直線的な時間の流れが生み出す疾走感と、時間の一方向性に端を発する切なさが内包されている。
思えば、夏の思い出ほど「点」として残りやすいものではないだろうか。鮮やかな百日紅の赤、遠くの遠雷の響き、打ち上げ花火に照らされる恋人の顔。長い記憶の中で摩耗され、前後の記憶は抜け落ちてしまっても、その一瞬は色濃く、心の中に刻み込まれている。
誰かの夏の刹那を眺めながら、自分自身もまた誰かの夏の一瞬となって、江ノ島から鎌倉に向けて駆け抜けていく。箱庭的な江ノ島沿線の情景から、突如宇宙に放り出されたかのような、実にダイナミックなレトリックだ。そんな世界観を描くのなら、そんじょそこいらの歌声じゃあ務まらない。言葉の余韻が鼓膜の傍でリフレインするような、そんな声じゃなければ。となるとやっぱり、常盤ゆうなのだ。
この作品が好きなら
『可愛い転校生に告白されて付き合おうと思ったら彼女はなんと狐娘だったので人間のぼくが幸せについて本気出して考えてみた feat. 常盤ゆう』
なろう系ではなく、れっきとした曲のタイトル。挫・人間が2015年にリリースしたナンバーのカバーであり、常盤ゆうのポテンシャルの高さと、挫・人間の底知れなさが垣間見える1曲。
『risette』
常盤ゆうがボーカルを務める隠れご長寿バンド、risetteのセルフタイトル。センチメンタルな1曲目『baby pink』やポップな3曲目『パラソル』、ダンサブルな5曲目『漆黒のシンセサイザー、ブルースカイへ』等、あらゆる角度で美味しい構成となっている。

