2021
5
May

第七天国

毎朝十一時、ふたりは研ぎ澄まされた祈りの中にいる。愛しています、以上の意味を持つ、お守りのことばをささやきあう。密やかな祈りがまじわって、彼は今日も、第七天国へ戻ってくる。

物語の中心を歩くのは、上を向いて歩くのも涙を流すのも諦めて、そっと消えてしまいそうだったディアーヌと、自信家でまっすぐ夢を追う下水道清掃員のチコ。意地悪な姉から逃げるディアーヌを匿う形で、チコは自分の暮らす古びた七階の部屋へ彼女を案内することになる。働いているのは地下だけど、住んでいるのは星の近くさ、と言って何も恐れないチコさえも、初めは恐れていたディアーヌだったけれど、少しずつ、振り向かないこと、下を見ないことを覚えていく。

だめだった頃の自分を知られているひとと一緒に居ることの安心感と、劣等感と、これからの未来の果てしなさ、不透明さを思う。長い時間をかけて、ひとはひとになっていく。笑えるようになることも、こわいと感じるものも両方増えていく中で、何がたしかなことなのか、ふとしたときにいつもわからない。だめだった頃、がずっと地続きにここにあるような気がする。そのたびに、自分の足で立っている感覚を欲しがっている、初めて歩いた夜も、あなたが目の前にいた明るい昼間も。わたしは、ディアーヌが踏み出した一歩を、チコの最後の一歩と重ねないでいられない。

自分よりもたくましいチコに「あなたが変えてくれたわたしを見て」と笑えるようになった、ディアーヌの聞こえない声が好きだ。サイレント映画だからこそ、わたしの頭の中だけに響くうたのよう。柳下美恵さんのピアノ伴奏が引き立たせるやさしい波が、ことばもひとみもにじませる。

ささやかだけど、特別な結婚式。七階にある、ふたりだけの天国。ふたりの祈りの先にある、ほんとうの天国はいったいどこなのか・・・・・・。

「わたし、幸せになれてないから・・・変だわ、胸が痛いの」

 
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