2021
28
Feb

燃ゆる女の肖像

十八世紀のフランス、誰もがその絵の中に、素敵な妻、立派な母親としての輝きを見つけだす。でも、マリアンヌだけは、一目見ただけで、もう動けなくなってしまうんだろう。ああ、自分が関わることのゆるされなかった彼女の人生に、わたしは今もちゃんといるのだ。この視線の先にあの頃はなくとも、彼女の指先が、こんなにもわたしを離さない。

画家として、エロイーズにお見合いのための肖像を描いたマリアンヌ。一緒に過ごすことのできた、最初で最後の季節だった。もともと、絵を描き、描かれるだけの関係であるはずなのに、ふたりは誰よりも、お互いの身体や心に触れていた。相手自身が気づいていないような癖や仕草も、大事に、恋する心の奥底にしまっておかないといけないくらい。

しずかに、うれしそうに音楽を奏でる姿も、ひざまずきたいほど凛とした横顔も、ふたりで歩いた海辺も、語り合った神話も、全部がほんものなのに、どうしてあんなに遠くに行ってしまったんだろう。


別れのための抱擁なんて、一生、いらなかったのに。

あどけない笑顔をのぞかせているのはエロイーズだけど、走り寄ってしまう幼さを秘めているのはマリアンヌだったと思う。でも、もしも振り返ることを幼さと呼ぶのならば、大人になれないマリアンヌに、人々はきっとくちづけを贈りたくなる。この絵は100年先も、ずっと、ずっと、あなただけのものだから。あのひとにとって意味があるのは、あの1ページだけ。あなたと同じなのよ。

ゆるすことがたやすくて、自由が当たり前だったなら、愛なんて知らないままでいられたけれど。それがかなわないふたりだったから。

「悔やむよりも思い出して」
傷つけあった約束を、あの日のさざ波や、痛みを消し去るほどの炎に、このままずっと、いつまでも、閉じ込めて。あの日は永遠に、すきとおらせたままでいてください。


言葉も目線も交わすことのできないふたりの間に、あの音楽が違う曲になって流れてくる。だけど、わたしはあなたが聴かせてくれた音色がいちばん好きだ。わたしの好きなひとは、海に似ていて、とても静かな呼吸をする。心をとかしてくれる、安らぎの旋律を、何度だって思い出します。

肖像画に語りかけることができるなら、マリアンヌはきっと、こっそりと絵の中のエロイーズにお願いするだろう。あの28ページを、わたしの前では、どうか隠したりしないでね。

 
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